優等生になるのは損だよ。
小学校高学年の頃、先生に褒められたいと思うようになった私は、
いわゆる「優等生」の真似をするようになりました。
成績は上がり、先生から褒められることも増えました。
その後、中学、高校時代とその習慣は続きました。
しかし、大学生になり、就職活動を控えて様々なことを学ぶ中で、
これまで学校で求められてきた基準と、
社会に出てから求められる基準は違うことに気付きました。
高度経済成長期には、情報処理力が高く、
組織に従順な画一的な人材が求められました。
そのため、学校では、みんなで同じ時間割で、
同じ教科書を使い、同じ目標に向かって行動してきました。
その結果、みんなが同じ物を作ることができるようになり、
品質の良い製品を大量生産することが可能になりました。
しかし、マニュアル化された仕事や、正確さが必要とされる仕事は、
人間よりコンピューターの方が得意になってきました。
つまり、人間がそれをやる必要がなくなってきているのです。
みんなで同じことをする時代は終わったにも関わらず、
学校は、未だに画一的な教育を施しています。
そのため、教師が期待する「理想の生徒像」を追い求めてしまうと、
付加価値を生み出す人材になることは困難でしょう。
「いい大学を出て、いい会社に入る」だけでは、
幸せにはなれないと誰もが気付き始めています。
自分だけの幸せや、働き方を探さなければならない時代です。