私は準備することをやめた。

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 大切なのは評論家ではない。実力者がどのようにつまづいたか、善行家がどこでもっとうまくやれたかを指摘する人物はいらない。顔を泥と汗と血で汚しながら、実際に現場で戦っている男、勇ましく立ち向かっている男。何度も判断をあやまって、期待にそえない男。おおいなる熱意と検診についてわかっていて、りっぱな大義に身をささげている男。最善の場合は、最終的に大成功をおさめた喜びを知っている男。最悪の場合は、たとえ失敗したとしても、勝利も敗北も知らない、冷たくて臆病な連中とは違う、あえて勇敢に立ち向かった結果として失敗した男。そういった男たちをこそ、賞賛すべきなのだ。

 

                  – セオドラ・ローズヴェルト –

 

評論家になってしまう人は、完璧主義であることが多いです。

完璧主義者は、100%の準備ができてから行動に移そうとします。

その過程で、評論する立場に立つことが多くなるのかもしれません。

 

私も以前は完璧主義者でした。

準備は完璧にしなければいけないと考えていた私は、

知識を蓄え、リスクを減らすように努めました。

 

しかし私は、これでは効率が悪いことに気がつきます。

ステージに立たないと分からないことは沢山あります。

そこで、今までの「完璧に準備をする」から、

「行動しながら学ぶ」へとスタンスを変えました。

 

このブログも50点を超えたら記事を公開するようにしています。

そうすることによって、毎日更新することが可能になり、

読者の反応をみながら軌道修正していくことができます。

 

安全地帯から石を投げるだけの人は、何も得られません。

準備に時間を掛け過ぎて、肝心の行動を起こすことができなければ本末転倒です。

常に、「当事者」で居続けることで信用と価値を高めましょう。