世の中は割り切れない

この記事をシェアする

世の中を白か黒かで割り切ることはできません。

だからこそ、白でも黒でもないグレーの部分を受け入れる能力が必要です。

 

なぜなら、「幸せになるためには結婚しないといけない」

「いい大学に行かなければ将来苦労する」などという両極端な考え方は、

自分を苦しめることになるからです。

 

ゼロイチ思考では、「自分は結婚できないダメな人間なんだ」

「こんな大学に入学した自分には価値がない」

などと言って、自己否定を強めてしまいます。

 

グレーな部分を受け入れることで、人生に余裕が生まれます。

そのためには、ゼロか100かだけでなく、

その中間にある世界のことも考える必要があります。

 

寛容性のある人は、あいまいさを受け入れることができます。

正しさを押し付けようとする人は、余裕がありません。

 

 

あれ…

 

 

これは「諦める」にも同じことが言えるんじゃないか?

「割り切る」と「諦める」の違いって何だ?

そんなことを考えていたとき、偶然次の記事に出会いました。

 

mayonez.jp

 

「割り切る」は、念頭に『自分の感情より大事だと思われる何か、目的、大義名分』があるから行う判断です。自主的に自分の意見を封じ込め、長期的に見てより大きな目標を叶えようとする前向きな気持ちが根底にあります。

 

しかし、「諦める」ことには目的がありません。諦めることからは、現場からの逃げや、よくて維持することしか望めません。諦めるとは、現状よりも先には意識が向いていない状態です。目的があって諦める場合、それは割り切ることになります。 

 

つまり、「割り切る」と「諦める」の違いは、目的があるかどうか

「〜しなければならない」という極端な考え方から解放されるためには、

中間・グレーゾーンを意識すると共に、「目的のある諦め」が必要です。